JOURNAL

痛みがないことが、健康なのだろうか

執筆:三原崇司

痛みがなければ、健康なのでしょうか。在宅介護の現場で出会った、痛みを抱えたまま元気に暮らすお年寄りたちから、健康と養生をもう一度考えます。ゆらぎの手 Journal 創刊号。

古い土器を大人の両手が下から支え、そのふちに小さな子どもの手が添えられている水彩画。背景にうっすらと手形。
受け取って、渡す。

私たちは、これから「ゆらぎの手 Journal」を始めます。

ゆらぎの手は、人・身体・心・自然・文化・情報に触れる仕事をしている人たちの、知恵をつなぐ場所です。

鍼灸、あん摩マッサージ指圧、看護、介護、リハビリテーション、助産。
運動、食、農業、教育、言葉、音楽、芸術。

一見すると、ずいぶん違う仕事です。
けれど私たちはこれらを、広い意味で
「人のいのちと暮らしに触れる仕事」
だと考えています。

このJournalは、医学だけの場所でも、伝統だけの場所でも、健康法の場所でもありません。
身体、暮らし、地域、自然、文化、そして人と人との関係を行き来しながら、
「人がよりよく生きるとは、どういうことなのか」
を考えていきます。

創刊号では、まず一番根っこのところから始めます。

そもそも、健康とは何なのでしょう。

痛みがなければ、健康なのだろうか

私は長く、在宅介護の現場で多くのお年寄りと接してきました。

そこで、ずっと心に残っていることがあります。

同じような年齢でも、とても元気に暮らしている人がいる。
一方で、痛みや身体の不調によって、生活そのものが小さくなっていく人がいる。

では、元気なお年寄りには痛みがなかったのか。

そうではありませんでした。

腰が痛い。
膝が痛い。
持病がある。
薬を飲んでいる。

身体には、年齢とともにさまざまな問題が起こります。

それでも元気な人がいるのです。

朝になると起きる。
畑へ行く。
庭の手入れをする。
料理をする。
友人に会う。
孫の世話をする。
地域の役割を引き受ける。
趣味を楽しむ。

「明日はこれをやらなくちゃ」

と言っている。

痛みがないわけではない。
病気がないわけでもない。

それでも、その人の中には、
痛みを上回る「生きる方向」がある。

私は現場で、それを何度も感じました。

「まだ、やることがある」

朝の台所。湯気の立つ湯呑みと、めくられたカレンダー。壁に帽子とかご。窓辺に人の後ろ姿。
明日の予定が、一つある。

元気なお年寄りを見ていると、

「自分には、まだやることがある」

という感覚を持っている人が少なくありませんでした。

誰かに必要とされている。
自分の役割がある。
育てているものがある。
会いたい人がいる。
やってみたいことがある。
明日の予定がある。

こうしたものを、私たちは昔から、

生きがい

と呼んできたのではないでしょうか。

ここで、健康について考え直す必要が出てきます。

「病気がない=健康」ではない

病気がない。
痛みがない。
検査値に異常がない。

もちろん、それらは大切です。

しかし、それだけが健康でしょうか。

反対に、病気を抱えていたら、その人は「不健康な人」なのでしょうか。

私たちは、そうは考えません。

ここで一つ、外の話をします。

世界保健機関(WHO)は、1948年の設立時から、健康を「病気ではない、虚弱ではない、ということではない」と書いています。身体的にも、精神的にも、社会的にも良好であること。七十年以上前から、そう言われてきました。

それでも私たちは、つい検査値のほうを見ます。

近年は、この定義そのものを見直す議論も出てきました。オランダの研究者マフテルド・フーバーらは2011年、健康を「適応し、自ら管理する能力」として捉え直すことを提案しています。完全に良好な状態だけを健康と呼ぶなら、慢性疾患を持つ人は一生「不健康」だということになってしまうからです。

病気を抱えたまま、その人なりに整えていく力。
それを健康と呼ぶ。

現場で感じてきたことと、遠くありません。

慢性疾患を抱えていても、
痛みがあっても、
障害があっても、

その人らしく食べられる。
眠れる。
動ける。
会いたい人に会える。
好きなことができる。
社会や家族の中に自分の役割がある。

そして、

「明日はこれをしたい」

と思える。

病名が消えていなくても、暮らしの質は変えることができます。
そして暮らしの質が変わることで、生きがいを取り戻していく人がいます。

だから私たちは、こう考えます。

健康とは、病気や痛みがない状態だけをいうのではない。
病気や痛みを抱えていても、その人らしい暮らしを営み、やりたいことがあり、人や社会とのつながりを感じながら生きられることも、健康の大切な姿である。

では、治療は何のためにあるのだろう

横たわった人の背中に両手がそっと添えられている水彩画。奥に、物干しと開いた戸口と畑が見える。
私たちは、その人の暮らしに触れている。

ここで、「ゆらぎの手」にとって大切な問いが生まれます。

私たちは痛みに向き合います。

鍼をする。
灸をする。
触れる。
動かす。
リハビリテーションをする。
介護する。
看護する。
必要であれば医療につなぐ。

もちろん、痛みを軽くすることは大切です。

でも、
痛みをゼロにすることだけがゴールではない。

治療のとき、私たちはつい、

「どこが痛いですか」

と尋ねます。

もちろん必要な質問です。

でも、もう一つ聞いてみてもいいのではないでしょうか。

「痛みが少し楽になったら、何をしたいですか?」

膝が少し楽になったら、もう一度スーパーまで歩きたい。
腰が楽になったら、庭仕事をしたい。
肩が動いたら、孫を抱きたい。
外に出られたら、友人に会いたい。

畑に行きたい。
旅行したい。
仕事をしたい。
料理をしたい。
山へ行きたい。
海へ行きたい。

その人が「したい」と言っている、そちらのほうに、
治療の本当の目的が隠れていることがあります。

私たちが取り戻そうとしているのは、
関節可動域でも、疼痛スコアでもない。

その人の暮らしなのです。

私たちは、
病気だけに触れているのではありません。
その人の暮らしに触れている。

それが「ゆらぎの手」が考える、触れる仕事です。

もう一度、「養生」という言葉を

飯茶碗と汁椀と箸、たたまれた寝具、土間の履き物、湯気の立つ茶が、光の入る部屋に横一列に並ぶ水彩画。
食べる。眠る。動く。休む。そのすべてが、生命を養っている。

日本には昔から、

養生

という言葉があります。

「養う」と「生きる」。
生命を養う。

江戸時代、貝原益軒は八十を過ぎてから『養生訓』を書きました。病気になってから始めるものだけを、養生とは呼んでいません。

食べる。
眠る。
身体を動かす。
働く。
休む。
呼吸する。
季節を感じる。
自然に触れる。
人と話す。
誰かの役に立つ。
そして、自分の身体を感じる。

こうした毎日の営みそのものが、生命を養っています。

つまり養生とは、

病気を防ぐことだけではなく、
自分らしく生きる力を養うこと。

特別な健康法ではなく、
「どう生きるか」という暮らしの知恵なのだと思います。

生きがいは、日々の養生にあり

生きがいというと、

「人生をかけて成し遂げる大きな目的」

のように考えてしまうことがあります。

でも、本当にそうでしょうか。

朝起きる。
ご飯を食べる。
植物に水をやる。
仕事へ行く。
誰かと話す。
身体を動かす。
好きな音楽を聴く。
夕方になったら風呂に入る。

そして、

「明日も続きをやろう」

と思う。

そんな小さな毎日の中から、生きがいは育っていくのかもしれません。

現場で見てきたことを、私は一つの言葉にしました。

生きがいは、日々の養生にあり。

古い書物にある言葉ではありません。
お年寄りたちに教わったことを、そのまま置いただけです。

やさしく言えば、こういうことです。

生きがいは、毎日の暮らしの中にある。

いまはまだ、私が一人で言っているだけの言葉です。
誰かの持ち場で使われて、その人の言葉になったとき、
これはようやく、言葉として立つのだと思います。

日本人は、どのように生命を養ってきたのか

左に、土に埋もれた縄文の器と貝がら・木の実。右に、水を張った田で苗を植える二人の手。左から右へ時間が流れる水彩画。
土の中から出てくる、縄文の器。粘土に残された、指の跡。

養生を考えていくと、もう一つの問いにたどり着きます。

日本人は、昔どのように健康をつくっていたのだろう。

この列島には、自然とともに暮らしてきた跡が、いたるところに残っています。

土の中から出てくる、縄文の器。
粘土に残された、指の跡。
貝がらの積もった塚。
手を入れて育てられた、栗の林。
鹿の骨。魚の骨。

人は、山と海の恵みを受け取って暮らしていました。

採る。
獲る。
蓄える。
分け合う。

そこに、小さな共同体が生まれます。

やがて弥生の頃、水田で稲を育てることが、列島に広がっていきました。

日本が「瑞穂の国」と呼ばれるのは、ここからです。
稲を育てる国です。

山から水が流れる。
田へ水を引く。
土をつくる。
田植えをする。
草を取る。
稲を育てる。
収穫する。
食べる。
そしてまた次の季節を迎える。

稲作は、一人ではできません。

水を分け合う。
一緒に働く。
収穫を祝う。
祭りをする。
食べ物を分ける。

そこから地域が生まれます。
役割が生まれます。
人と人とのつながりが生まれます。

つまり日本では、
自然・食・身体・仕事・地域が、暮らしの中でつながっていた。

養生は、その循環の中にあったのではないでしょうか。

地域そのものを、養生の場に

この養生を、現代にもう一度読み直そうとしている人たちがいます。

明治国際医療大学の伊藤和憲先生(鍼灸学部長・教授)は、鍼灸と疼痛の研究を進める一方で、2018年に同大学に「養生学寄付講座」を設けました。五年間にわたり、養生を「学ぶ」「作る」「繋がる」の三本柱で、学問として組み立て、社会へ返す仕組みをつくる試みでした。

伊藤先生が会長を務める一般社団法人 日本養生普及協会では、地域にある資源を活用した健康のしくみをつくり、地域住民だけでなく周辺の人々にまで広げていく活動が進められています。

そこでは養生を、医療機関の中だけに閉じ込めません。

食。
運動。
農。
自然。
地域コミュニティ。
人とのつながり。

これらも、人の健康を支える資源として考える。

ここには、とても大切な発想があります。

「人を治療する」だけでなく、
「人が元気に暮らせる環境を養う」。

治療から暮らしへ。
暮らしから地域へ。

養生という言葉は、そこまで広がっていきます。

奈良の、一本の薬草

左に畑に育つセリ科の草、中央に竹ざるの上の葉を摘む手、右に湯気の立つ茶碗と天ぷらが並ぶ水彩画。
畑から、ざるへ、食卓へ。薬草が、食べものになった。

この視点から見ると、奈良県の取り組みも違って見えてきます。

奈良には古くから、

大和当帰(やまととうき)

という薬用植物があります。

セリ科の多年草で、十七世紀の中頃から、大和や山城の地方で栽培されてきました。奈良は、その中心地でした。

しかし栽培に手間がかかることから、生産は長く縮小し、近年は奈良と和歌山の県境にわずかに残るだけになっていました。

奈良県は2012年、「漢方のメッカ推進プロジェクトチーム」を立ち上げます。生薬の供給拡大から、研究、製造、販売、普及まで、五つの段階で地域の産業として組み直そうという取り組みです。

そして同じ2012年、もう一つのことが起こりました。

大和当帰の葉が、食品として使えるようになったのです。

薬の原料としてだけ扱われてきた植物の、葉の部分が「非医」の扱いになった。それによって、天ぷら、お茶、調味料、和洋菓子と、次々に使い道が考えられるようになりました。

薬草が、食べものになった。

ここから先が、私たちの関心のあるところです。

一本の大和当帰を育てるためには、

土がいる。
水がいる。
農家がいる。
研究する人がいる。
加工する人がいる。
販売する人がいる。
料理する人がいる。
使う人がいる。

そして、その価値を次の世代へ伝える人がいる。

植物を育てることで仕事が生まれる。
人がつながる。
地域の歴史が、もう一度語られる。

つまり、

植物を養うことが、地域を養うことにつながる。

そして、

地域が、人を養う。

ここで「養生」という言葉が、医療の世界を越えていきます。

伝統を、博物館に入れない

いま日本で使われる原料生薬は、その大半を海外に頼っています。日本産はおよそ8.6%、中国産がおよそ8割です(令和4年度/農林水産省資料)。当帰も例外ではなく、国産率はおよそ10%にとどまります。

だから国内で薬用植物を育てることは、医療を支えるという意味でも大切です。

でも、私たちが見ているのは、そこだけではありません。

日本には、

漢方がある。
鍼灸がある。
あん摩がある。
指圧がある。
薬草文化がある。
食文化がある。
入浴文化がある。
身体の使い方がある。

そして、その根に「養生」という考え方がある。

これらを博物館に保存するだけでは、文化は生き残りません。

使う。
研究する。
科学で確かめる。
必要なら変える。
新しい技術と組み合わせる。
そして次の世代へ渡す。

伝統とは、昔へ戻ることではなく、未来へ渡していくこと。

そう考えたいのです。

「触れる職業」の境界を越えて

だから、このJournalを医療者だけの場所にはしたくありません。

鍼灸師。
あん摩マッサージ指圧師。
医師。
看護師。
介護士。
助産師。
理学療法士。
作業療法士。
整体やリラクゼーションに携わる人。
運動を教える人。

そして、

農家。
料理人。
教師。
研究者。
音楽家。
芸術家。
言葉を扱う人。

農家は土に触れる。
料理人は食に触れる。
医療者は身体に触れる。
教師は学びに触れる。
音楽家は音によって人に触れる。
芸術家は感覚に触れる。
言葉を扱う人は心に触れる。

それぞれ方法は違います。

でも、
私たちはそれぞれの持ち場から、人の生命と暮らしに触れている。

それが「ゆらぎの手」で考えていきたい「触れる職業」です。

受け取って、渡す

左に実った稲の穂と落ちた籾、中央に根まで透けて見える当帰の株、右に何かを渡す手と受け取る開いた手のひらが並ぶ水彩画。
稲は種を渡す。当帰は土地の時間を渡す。手は、いま生きている身体に渡す。

田んぼに、一本の稲が育つ。
奈良の畑に、一本の大和当帰が育つ。
そして、人の身体に、一本の手がそっと触れる。

まったく違うもののように見えます。

でも、していることは同じです。

先の人から受け取ったものを、次の人へ渡している。

稲は、種を渡す。
当帰は、その土地で育てられてきた時間を渡す。
手は、いま生きている人の身体に、それを渡す。

育てる。
整える。
見守る。
待つ。

そして、生命が自ら生きようとする力を支える。

受け取って、渡す。

私たちはそれを、「養う」と呼んできたのではないでしょうか。

あなたにとって「健康」とは何ですか

さまざまな年齢の手のひらが上を向いて輪をつくり、そばに根・小刀・筆・糸巻・木の匙・楽器・稲穂が置かれている水彩画。輪の中心は空いている。
それぞれの持ち場から、人の生命と暮らしに触れている。

創刊号の最後に、答えではなく、一つの問いを置きます。

あなたにとって、健康とは何ですか。

痛みがないことでしょうか。
病気がないことでしょうか。
元気に働けることでしょうか。
好きなものを食べられることでしょうか。
誰かに必要とされることでしょうか。
明日やりたいことがあることでしょうか。

そしてもう一つ。

あなたの仕事や暮らしの中に、次の世代へ渡したい「養生の知恵」はありませんか。

私たちは、それを聞いてみたい。

医療から。
介護から。
農業から。
食から。
教育から。
芸術から。
地域から。

一人ひとりの「持ち場の知」を持ち寄って、
いまの日本に必要な養生を、もう一度考えていきたいと思います。

それが「ゆらぎの手 Journal」を始める理由です。

生きがいは、日々の養生にあり。

病気だけを見るのではなく、人を見る。
身体だけを見るのではなく、暮らしを見る。
一人だけを見るのではなく、その人が生きる地域を見る。

治すことから、養うことへ。

そして、
受け取ったものを、次へ渡すことへ。

この記事の根拠

出典奈良県「漢方のメッカ推進プロジェクト」/奈良県「伝承の生薬 大和当帰」/明治国際医療大学「養生学寄付講座」/一般社団法人 日本養生普及協会/農林水産省「薬用作物(生薬)をめぐる事情」令和8年1月/Huber M, et al. How should we define health? BMJ 2011;343:d4163
発表日2012年(奈良県・食薬区分)/2018年(養生学寄付講座)/令和4年度・令和5年産(生薬統計)/2011年(BMJ)
研究タイプ該当しない(論説)
対象人数該当しない
主な結果該当しない
限界本稿は筆者の現場経験にもとづく論説です。特定の施術の効果を示すものではありません。
実務への意味触れる仕事の目的を、症状の変化ではなく、その人の暮らしに置き直すこと。
注意文中の数値・年号は、各公的機関の公表資料によります。数値は調査年度により変わります。文中の「生きがいは、日々の養生にあり。」は筆者の理念であり、古典からの引用ではありません。
  • 奈良県「漢方のメッカ推進プロジェクト」 pref.nara.lg.jp
  • 奈良県「伝承の生薬 大和当帰」 pref.nara.lg.jp
  • 明治国際医療大学「養生学寄付講座」 meiji-u.ac.jp
  • 一般社団法人 日本養生普及協会 yojyo.shinkyu.ac.jp
  • 農林水産省「薬用作物(生薬)をめぐる事情」令和8年1月 maff.go.jp
  • Huber M, et al. How should we define health? BMJ 2011;343:d4163

この記事は一般的な情報をお伝えするものです。個別の診断や、治療の指示ではありません。 お身体のことは、かかりつけの医療機関にご相談ください。

JOURNAL の一覧へ → | ゆらぎの手に参加する