8月30日、映画『Pacific Mother』の上映会を開きました。
海に潜る女性たち。お産のこと。母になること。医療とのつきあい方。
そして、自分の身体のことを、自分で決めるということ。
会場は旗の台のスペース「あはひ」。白い壁と木の柱だけの、静かな部屋です。
午前・午後・夜の三回、どの回も満席でした。
上映のあと、座談会の時間をとりました。
ファシリテーターは、この映画を七回観たという東郷俊宏先生。
ゲストは、月経の生理学と文化を伝える平川景都さんと、フェムテック・フェムケアの普及に取り組む髙野二三恵さん。
- 東郷 俊宏 医学博士/明治国際医療大学 客員教授。2005年よりWHO・ISOの伝統医学分野の国際標準化に従事。
▸ 公式サイト - 平川 景都 月経の生理学、歴史、文化、スピリチュアリティの学びを通じ、「地球の娘」として気高く生きる道を伝える。
▸ 公式サイト ▸ Instagram - 髙野 二三恵 株式会社フェムウェル 代表/日本フェムテック協会 有資格者。女性の健康と経済をつなぐ。
▸ femwell.jp
▸ 上映会の案内ページ(映画『パシフィック・マザー』上映会&座談会 第1回)
そこで話は、思ってもみない方向へ伸びていきました。
話は、思わぬところまで広がった
はじめは、お産の話でした。
そこから月経の話になり、産後の身体の話になり、フェムケア、フェムテックという言葉が出て、更年期の話になり――
最後には「男性の更年期はどうなんですか」というところまで来ました。
女性だけの集まりではありません。男性も座っていました。
聞きながら、一つの問いが残りました。
私たちは、自分の身体のことを、いつ、どこで習ったのだろう。
思い出そうとすると、意外に出てこない
昭和に子どもだった人。平成に育った人。令和を生きる子どもたち。
学校で習ったことを思い出そうとしても、保健の教科書と、体育館に集められた一時間くらいしか出てこない。
けれど、そのあとの人生には、次々に起こります。
月経が始まる。精通を迎える。好きな人ができる。
妊娠する。産まないことを選ぶ。産む。
産後、身体も心も変わる。
女性の更年期が来る。男性の更年期が来る。
年を重ねても、触れ合いたい気持ちは残っている。
このうちのいくつを、私たちは家の中で話してきたでしょうか。
学校は、少しずつ変わっている
学校教育が止まっているわけではありません。
文部科学省は「生命(いのち)の安全教育」という教材を、幼児期から高校卒業後・一般向けまで段階ごとに用意しています。2026年3月には改訂版が出て、2023年の刑法改正(不同意性交等罪)を受けた「性的同意」の内容も入りました。
変わり始めてはいる。
けれど、学校で習うのは、たいてい子どものうちだけです。
更年期のころに、もう一度授業を受ける機会はありません。
性を学ぶことは、性交を学ぶことではない
「性教育」という言葉には、生殖と性交と避妊を教えるもの、という響きがついてまわります。
だから身構える人がいる。早すぎると言う人がいる。口にしにくいという人がいる。
けれどWHO(世界保健機関)が2026年3月にまとめた包括的性教育の解説を読むと、扱う中身はもっと広い。
家族と友情。人権と価値観。性別の役割や思いこみ。同意と安全。
迷ったときに決める力、相談する力。
身体のつくり、思春期、生殖。そして性と生殖の健康。
幼い子どもに教えるのは性行為ではなく、自分の身体、感情、家族のかたち、人との関係、尊重、そして同意と安全の基本だ――WHOはそうはっきり書いています。
つまり、
「どうやって性行為をするか」ではなく、
「自分と相手を、どう大切にして生きるか」。
それなら、「性の教養」と呼びたい
そうであるなら、これを「性教育」と呼ばなくてもいいのかもしれません。
性の教養。
教養という言葉には、教わって終わりではなく、身につけて暮らしの中で使っていくもの、という感じがあります。
音楽の教養。食の教養。言葉の教養。
そこに、身体の教養があっていい。
月経のことを、男はどれくらい知っているだろう
ここ数年、「フェムケア」「フェムテック」という言葉をよく聞くようになりました。
経済産業省は2026年5月、企業や自治体に向けた「フェムテック導入ガイダンス」を公表しました。月経、不妊、妊娠・出産、更年期を、本人が一人で抱えるのではなく、職場や地域の側で支えるための手引きです。
「その人の問題」として黙っていたことが、社会の側の課題として言葉になってきた。大きな変化だと思います。
そのうえで、一つ考えてみたい。
月経について、男性はどれくらい知っているでしょう。PMSについては。産後の身体については。更年期については。
そして反対に。女性は、男性の身体のことを、どれくらい知っているでしょう。
男にも、変わっていく身体がある
男性にも、年齢とともに身体の変化があります。
いわゆる「男性更年期」のひとつに、LOH症候群(加齢男性・性腺機能低下症)があります。日本内分泌学会と日本メンズヘルス医学会がまとめた診療ガイドライン(2022年)には、性機能のことだけでなく、気分の落ちこみ、集中しにくさ、倦怠感、寝つきの悪さ、いらいら、筋力の低下が並んでいます。
身体のことなのに、まわりからは「性格」に見える。
「最近、怒りっぽい」
「話しかけても返事をしない」
「前と、人が変わってしまった」
本人も、自分の身体に何が起きているのか知らない。妻も、子どもも知らない。
「男なんだから」「歳なんだから」「疲れてるだけだろう」
そう言ったまま、何年も過ぎていくことがあります。
相手の性格ではなく、相手の身体を想像してみる
男性にかぎった話ではありません。
更年期を迎えたパートナー。産んだばかりの妻。思春期の娘や息子。年を重ねた夫や妻。
態度だけを見れば、どうしてそんな言い方をするのか、と思うかもしれない。
でも、「いま、この人の身体には何が起きているんだろう」と考えてみることは、できます。
病名をあてることではありません。素人が診断をする必要はないし、してはいけない。
そうではなく、身体も心も一生同じではない――そのことを知っているかどうか。
それだけで、見え方が変わることがあります。
習っていないのは、大人のほうかもしれない
性について学ぶのは、子どもだけでいいのでしょうか。
いま五十代、六十代の人が子どもだったころ、家庭で身体の話をした記憶は、どれくらいあるでしょう。
学校でも習っていない。家でも話してこなかった。
そして親になり、いま自分の身体が変わり始めている。
習っていないまま、教える側に立っている。
だから、子どもに聞かれると話をそらす。自分の身体が変わっても、誰にも言えない。
学び直す場所が要るのは、むしろ大人のほうなのかもしれません。
性の教養講座――八つの入口
そこで「ゆらぎの手」では、子どもから大人まで一緒に考える「性の教養講座」を構想しています。日程は未定です。いま考えている入口を、そのまま並べておきます。
一 わたしの身体は、わたしのもの
身体、プライバシー、境界線、同意。触れること、触れられること。
二 身体は変わり続ける
思春期、月経、精通、ホルモン、感情と身体のつながり。
三 好きになる、一緒に生きる
恋愛、パートナーシップ、伝え方、避妊、妊娠、性感染症。
四 産む、産まない、産めない
妊娠、出産、不妊、流産、産後。それぞれの選択と、まわりの受け止め方。
五 女性の身体を知る
月経、PMS、妊娠、出産、産後、フェムケア、更年期。
六 男性の身体を知る
男性ホルモン、性機能、気分と身体の変化、男性更年期。
七 相手の身体を知る
男性が女性の身体を、女性が男性の身体を知る。自分とは違う身体と人生を想像する。
八 年を重ねても続く「性」
老いること、介護、肌に触れること、尊厳、パートナーシップ。
八番目は、介護の現場にいた者として、どうしても外せません。
高齢になっても性は消えません。触れられたい気持ちも、恥ずかしさも、そのまま残っています。
目指すのは、点数ではなく、食卓の会話
この講座で目指すのは、テストで満点を取ることではありません。
家の中で、こんな会話が特別でなくなること。
「今日、生理でしんどいから、洗い物あとにしていい?」
「最近、身体が前と違うんだよな」
「更年期かもしれないから、一回相談してみるわ」
子どもが身体のことを聞いてきたときに、大人が慌てないこと。
そして大人が「実は私も知らないから、一緒に調べようか」と言えること。
知らないことは、恥ずかしいことではありません。
知らないまま黙っていることが、少しずつ距離をつくります。
生きているかぎり、身体は続く
WHOの解説には、包括的性教育が性行動を増やすという根拠はない、とはっきり書かれています。むしろ、自分で考えて決める力を支えるものだ、と。
性は、人生のある時期だけのものではありません。生まれてから老いるまで、私たちはずっと身体とともにいます。
だから性の教養とは、誰かと性交するための教養ではなく、「生きている身体」の教養なのだと思います。
自分の身体を知る。相手の身体を知る。変わっていくことを知る。
わからなければ、聞く。つらければ、助けを求める。
そして、互いの身体を尊重する。
これは、養生とほとんど同じことを言っています。
ゆらぎの手から
性を、隠すものとしてでも、特別なものとしてでもなく、
人が生きていくうえでの、ごく当たり前の教養として話せる場所。
そういう場所を、つくっていきたいと思っています。
子どもも、大人も。女性も、男性も。
一人でいる人も、パートナーがいる人も。
子どもがいる人も、いない人も。年を重ねた人も。
まず、自分の身体をもう一度知る。
そして、自分とは違う誰かの身体を想像してみる。
そこから始まる養生が、あると思います。
治すことから、養うことへ。
自分の身体を知ることから、相手を思いやることへ。
生きがいは、日々の養生にあり。
聞かせてください
この講座について、「こういうことが聞きたい」という声を集めています。たとえば――
- 子どもに月経のことをどう話せばいいか、分からない
- 夫が最近ふさぎこんでいる。歳のせいなのか、そうでないのか
- 産後、自分の身体が自分のものでない感じがする
- 親の介護をしていて、身体に触れることに戸惑いがある
- 学校で習ったきり、何も知らないまま来てしまった
まとまっていなくて、一行でもかまいません。
ゆらぎの手の「参加する」ページ、または info@yuraginote.jp までお寄せください。
いただいた声は講座の中身を決めるときに使い、個人が分かる形で公開することはありません。